民主主義は独裁政治より優れているのか?

民主主義は国民の多数の意思で決める政治の在り方のことを言います。このような民主政治を実現するためには、個人の自由の保障と国民に主権があることが必要です。

一方独裁政治は少数の支配者に国家権力を集中させることで、議会制や合議制を否定する政治体制です。独裁と聞くと戦時中の日本やナチスのヒトラー、ソ連のスターリンなど悪いイメージの人が多いと思われます。

しかし、歴史を見ると多数派の意思で決定する民主政治への批判は多く、決して理想的な政治体制として考えられてきたわけではありません。なお現在でも民主政治の懐疑的な意見はあり、実際、民主国家は世界の人口比の三割程度しかなく、今なお民主政治は少数派の存在です。

ちなみに私は民主主義を否定するつもりは全くありませんが、なぜ民主主義が悪く言われることがあるのか考えていきたいと思います。

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政治の在り方

政治体制は大きく分類して三つに分かれます。

  1. 個人が意思決定する個人の独裁政治or君主政治
  2. 少数エリートが行う哲人政治or貴族政治orエリート政治
  3. 人々の意思を反映させる民主政治

これら以外にも、くじで決定するやり方が採用されたり、今後はAIに判断させた方がいいという考え方も出てくるかもしれませんが大体この三つだと思っていいと思います。

民主政治への懐疑論

民主政治を批判した有名な人物に哲学者のプラトンがいます。師匠のソクラテスが民主政治の下不当に処刑されたことから、彼は理性的であるとは限らない多数派の民衆が正しい判断をできるのか懐疑的でした。結果、理性をもって正しい判断を行える哲人が意思決定するべきだという哲人政治を主張します。

またアリストテレスは個人支配の政治、少数支配の政治、民主政治には、それぞれに長所と短所があるとし、完全には民主政治を肯定しませんでした。

地中海世界全域を支配した古代ローマは独裁政治、貴族政治、民主政治をミックスさせた政治体制をとっていました。ローマが発展したのは三つの政治体制の長所を取り入れた政治体制のおかげであるとローマの知識人達は考えました。

民主政治の問題点

では民主政治の何が問題なのか考えていきます。

19世紀から20世紀にかけて、各国で普通選挙が拡大していき、20世紀になると女性も含めた普通選挙制が確立していきます。

このとき国民の多数が政治に参加する民主政治の懐疑論や批判が出てくるようになります。

古代ローマの共和政では、徳を持った市民が個人の私的利益ではなく、国家全体の公共性から政治を判断していました。しかし普通選挙の民主政治では、資本家、労働者、農民などそれぞれの社会集団が利益を政党や政治家に要求するような現象が起きてきます。結果、議会は様々な利益の調整になっていきます。

労働者が労働組合を結成したり、資本家や農家、中小企業の経営者など、社会的階層ごとに団体を形成して、自分達の利益を政治で実現してもらえるよう政党や政治家に働きかけ、また政党や政治家も選挙で勝てるよう団体の要求を受け入れるようになっていきます。

このようなことから、優秀なエリートが公共性に基づく判断をする政治が理想だという考えが生まれてくるのです。

考察

では民主主義や独裁政治について自分なりに考察していこうと思います。

まず真っ先に思い浮かんだのがTPPです。

関税を撤廃して貿易を活発的に行なってほしい大企業などは賛成する一方、外国から安い農作物が関税も無しに輸入することに全国農業協同組合中央会などは反対しました。

TPPにおいての政治の動きを調べると自民党、民主党共に与党の時は推進を主張して、野党の時は反対の立場をとっています。与党で責任政党であるときは経済を考えTPPに賛成するのに、野党では票の欲しさに反対をする。こういうのは正直民主主義の弊害とも言えるかもしれません。

 

またかつての日本の貴族院は絶頂期の東條内閣を帝国議会で批判するなどしていますが、これも選挙や世論を気にする必要がないからできたのではないかと考えます。

もう一度言いますが私は民主主義を否定したり、独裁政治を肯定している訳ではありませんが、既得権のための政治や選挙のための政治というのは今の日本でも存在する深刻な課題の一つだと考えます。これらの問題点にも目を向けることも大事だと思いました。